Dialogue Archives_005
「やれるから、その言葉が自分の中から出てきた。やれるから、頭の中に思い浮かんだんです。自分の可能性を、もっと信じてあげてほしい」
窓の外に広がる北海道・札幌の静かな新緑を背景に、伊藤瞳は穏やかな、しかし心の奥底にまで染み渡るような芯のある声で語り始めた。
目の前にいる彼女は、しなやかな雰囲気を纏い、自らの「好き」を仕事にするという、多くの人が憧れる生き方を軽やかに体現しているように見える。だが、その足跡を丁寧に手繰り寄せていくと、そこに残されていたのは決して平坦な一本道ではない。むしろ、何度も立ち止まり、自らの内側にある弱さや「良い子」という名の呪縛と対峙し、40代という人生の大きな節目で、目に見えるものから見えないものまでを必死に削ぎ落としてきた、泥臭いまでの「断捨離」の軌跡だった。
「夢叶(ゆめかな)クリエイター」―彼女が掲げるその肩書きは、単に他者の夢を応援する華やかな存在という意味ではない。彼女自身が、かつて自らの可能性を信じられず、世間の常識や他者の顔色に怯えていた過去を通り抜け、自分の願いをひとつずつ地道に叶えてきたからこそ、いま、深い説得力を持って他者の心に響くのだ。
40代という、人生の折り返し地点。体力の衰えや環境の変化、内面の揺らぎが一気に押し寄せるその年代において、彼女は何を捨て、何を掴み取ったのか。彼女の人生に深く刻まれた「葛藤」と「孤独」、そしてそこから紡ぎ出された「生き方の哲学」を紐解く対話の扉が、今、静かに開く。
▼ ポッドキャスト番組『GIFT』で伊藤ひとみさんの声を聴く
🎧【伊藤瞳さん 第1回】
夢の見つけ方、私らしい一歩。起業家の原点
🎧【伊藤瞳さん 第2回】
「好き」を仕事に!人生の転機を掴む行動術
🎧【伊藤瞳さん 第3回】
「好き」で未来を動かす!自分軸キャリアの作り方
🎧【伊藤瞳さん 第4回】
人生を変える居場所。あなたの可能性が開花する一歩

1.控えめな少女が胸に秘めた、誰かへと向ける優しい眼差し
人の前に出ることが苦手だった「引っ込み思案」の幼少期
いま、インタビュアーである立石麻由子の前で、自身の過去を包み隠さず滑らかな言葉で紡ぐ伊藤だが、その少女時代は現在の活動からは想像もつかないほど、静かで、内向的なものだった。小学校、そして中学校時代の彼女を思い出すとき、浮かび上がってくるのは、クラスの片隅で息を潜めるようにして佇んでいる一人の少女の姿だ。
学校という小さな社会の中で、元気よく自分の意見を主張し、クラスの中心で輝いている子供たち。そんな同級生たちの姿を、伊藤はいつも羨望と、どこか諦めを含んだ眼差しで見つめていた。「自分はあんな風にはなれない」「人の前に出て何かをするなんて、とてもできない」。人見知りで、引っ込み思案。当時の彼女にとって、他者の視線が集まる場所は、安心できる居場所ではなく、自らの不器用さを突きつけられる恐ろしい空間でしかなかった。言葉少なに、ただ周りの環境に同化するように生きる。それが、幼い彼女が身につけた、自分を守るための唯一の術だった。
父からの突然の贈り物と、不器用な愛情のキャッチボール
そんな内向的だった伊藤の日常に、ある日突然、小さな波紋が広がる。父親から「ソフトボールをやりなさい」と告げられたのだ。それは、スポーツとは無縁だと思い込んでいた少女にとって、あまりにも唐突な提案だった。
父親の言葉の背景には、当時プロゴルファーとして世界的に活躍していた岡本綾子氏の存在があった。岡本氏がかつてソフトボールの選手として活躍していたという話を耳にした父親は、我が子にもそんな風に逞しく育ってほしいと願ったのだろう。まだ小学校2年生だった伊藤のために、父親はスパイク、グローブ、そしてバットに至るまで、すべてを新品の「マイセット」として買い揃えた。当時のチームの誰もが、まだチーム共通の古い道具を使っていた時代である。その中で、一人だけ真新しい道具に身を包まれることは、引っ込み思案な伊藤にとって、誇らしさよりもむしろ、周囲から浮いてしまうことへの「恥ずかしさ」の方が勝るものだった。
しかし、その不器用なほどに真っ直ぐな父親の愛情を、彼女は拒むことができなかった。恥ずかしさを胸に抱えながらも、真新しいスパイクに小さな足を通し、重いグローブをはめて白球を追う。それは、自分の意思ではなく、父親の「理想の娘」を演じるための、無意識の選択の始まりでもあった。
「良い子」であり続けようとした、妹の小さな背中を追う日々
伊藤の「他者のために生きる」という性質は、5歳下に生まれた妹の存在によって、より決定的なものとなっていく。母一人子一人の家庭環境、あるいは家庭の複雑な事情の中で、伊藤は幼くして「お姉ちゃん」という大人の役割を求められるようになった。
彼女がまだ小学生の頃、5歳下の妹を保育園まで迎えに行くのは伊藤の当然の役割だった。放課後、友達と遊びたい盛りの時期であっても、彼女は妹の小さな手を引いて家路へと急いだ。学校の運動会があれば、忙しい母親の代わりに伊藤が保護者席に座り、妹と一緒にグラウンドを走ることもあった。周囲の大人たちは、そんな彼女を「本当にしっかりした、良いお姉ちゃんね」と褒め称えた。
その言葉に応えるように、伊藤はさらに「良い子」であろうとした。自分の寂しさや、子供らしく甘えたいという欲求は、すべて心の奥底の引き出しに仕舞い込み、鍵をかけた。誰かの期待に応え、誰かの負担を減らすために、自分の存在を差し出す。それは健気であると同時に、あまりにも幼い胸には重すぎる、静かな孤独の始まりだった。

2.マクドナルドでの「ありがとう」と、社会へ踏み出した一歩
笑顔の裏側で知った、他者と触れ合うことの純粋な喜び
そんな、常に誰かの影に隠れるようにして生きていた伊藤にとって、高校時代に始めたマクドナルドでのアルバイトは、人生で初めて「自分の居場所」を見出せた、輝かしい経験となる。
時給を稼ぐためという以上に、そこで交わされる他者とのコミュニケーションが、彼女の閉ざされていた心を少しずつ溶かしていった。カウンター越しに手渡す商品と、そのときに生まれる一瞬の笑顔の交わし合い。それまで人の目を気にして怯えていた少女が、マクドナルドという均質で温かいシステムの中で、「ありがとう」と言われる喜びを知ったのだ。
彼女の細やかな気配りと、内に秘めていた他者への優しい眼差しは、店舗の中で高く評価された。やがて彼女は、単なるレジ打ちや調理の担当を超えて、来店した客を最初に出迎え、心地よい空間を提供する「お客様案内係」としての役割を任されるようになる。社内のランクが上がっていくたびに、彼女は「自分も誰かの役に立てるのだ」という、確かな自己効力感を、生まれて初めて肌で感じていた。
就職の壁と、母一人子一人の家庭で見つめた冷厳な現実
マクドナルドでの経験は、伊藤に「このままここで、社員として働き続けたい」という大きな夢を抱かせるに至る。自分が自分らしくいられる場所で、大好きな人たちに囲まれてキャリアを積んでいく。高校卒業を目前に控えた彼女にとって、それは確かな未来予想図だった。
しかし、現実は甘くなかった。当時のマクドナルドの採用基準において、高卒からの正社員採用の枠は極めて狭く、彼女の願いは書類の段階で無惨にも打ち砕かれてしまう。さらに、母一人子一人の家庭環境において、大学や専門学校へ進学して再挑戦するという選択肢は存在しなかった。進学するための経済的な余裕はない。その冷厳な現実を、彼女は誰を責めることもできず、ただ静かに受け入れるしかなかった。
夢見た場所への扉が閉ざされた瞬間、彼女の胸に去来したのは、かつてのあの無力感だった。「やっぱり、私は自分の望む未来を手に入れることはできないのだろうか」。進路変更を余儀なくされた彼女は、生きるために、そして自立するために、全く新しい未知の領域へと足を踏み出すことを決意する。それが、アパレルという世界だった。
洋服をとおして、人が輝くためのお手伝い
アパレル店員としての新しい生活は、マクドナルドのときとは異なる、より深いレベルでの「他者への寄り添い」を伊藤に要求した。トレンドの洋服をただ売るのではない。店を訪れる顧客が、どんな悩みを抱え、どんな自分になりたいと願っているのかを、言葉の端々から汲み取っていく仕事だった。
彼女は、持ち前の丁寧な観察力と、引っ込み思案だからこそ培われた「人の話をじっくりと聞く」という姿勢を武器に、顧客一人ひとりと向き合った。体型にコンプレックスを持つ女性が、伊藤の提案した一枚のワンピースを試着室で身に纏った瞬間、パッと表情を輝かせる。靴を一足変えるだけで、その人の歩き方や姿勢までもが、まるで自信を取り戻したかのように変わっていく。
「洋服や靴というツールを通じて、目の前の人が本来持っている魅力を引き出し、輝かせるお手伝いをする」。そのプロセスは、かつて妹の面倒を見たり、他者の顔色を伺ったりしていた彼女の過去の経験が、初めて「プロフェッショナルとしての強み」へと昇華された瞬間でもあった。20代の泥臭い日々の中で、彼女は売上という数字以上に、目の前の人が変わっていくその瞬間に、自らの生きる意味を見出していた。

3.33歳の転機――ヨガのポスターが見せた、もう一つの世界
「身体のダイエット」から始まった、心への静かなアプローチ
アパレル業界で忙しく働き、充実しながらもどこか心身の疲弊を感じていた30代前半、伊藤の人生を根底から変える、運命的な出会いが訪れる。それは、本当に些細な動機から始まった、ひとつの習い事だった。
「少し、身体を引き締めたい。ダイエットをしたい」。そんな、誰もが抱くような外側の動機から、彼女は近所のヨガスタジオに通い始める。最初は、慣れないポーズに筋肉を震わせ、呼吸を整えるだけで精一杯だった。しかし、何度もスタジオに通い、自分の身体の動きと呼吸にただ意識を向ける時間を重ねるうちに、彼女の身体に驚くべき変化が現れ始める。
わずか半年間で、体重が10キロほど自然と落ちたのだ。だが、それ以上に彼女を驚かせたのは、身体の軽さ以上に「心の軽さ」がもたらされたことだった。それまで、常に他者の期待に応えようと、頭の中で無数の思考を巡らせていた伊藤が、ヨガのマットの上にいる時間だけは、すべての雑音から解放され、ただ「いまの自分」と繋がることができた。身体を整えることが、いつしか彼女の傷ついた内面を、静かに修復していくアプローチへと変わっていったのだ。ヨガは、彼女の生活にとってなくてはならない、最も大切なルーティンとなっていった。
壁に貼られた一枚のポスター「好きを仕事に」との衝撃的な出会い
ヨガに通い始めてしばらく経ったある日、スタジオの壁に貼られていた一枚の求人ポスターの前で、伊藤の足がピタリと止まった。そこには、大きな文字でこう書かれていた。
「好きを仕事に」
その5文字を見た瞬間、彼女の胸の奥で、カチリと何かのスイッチが入る音がした。まるで、その言葉が自分一人に向けて放たれた矢のように、彼女の魂を射抜いたのだ。「大好きなヨガを、自分の仕事にすることができたら、どんなに幸せだろう」。
しかし、当時の彼女は33歳。ヨガの指導経験はもちろんゼロであり、身体が特別に柔らかいわけでもなかった。アパレルという安定したキャリアを捨て、全く未経験の領域へ、しかも30代を超えてから飛び込むことのリスク。それは、一般的な理性に照らし合わせれば、あまりにも無謀な挑戦に思えた。「0から1を生み出す恐怖」が、彼女の足元を激しく揺さぶった。面接の応募フォームを前にして、彼女の指先は震えていた。これまでの自分を維持するか、それとも、見たこともない新しい自分を信じるか。彼女は人生で最も激しい葛藤の渦中にいた。
行かない理由を探す自分を、覚悟の火で焼き尽くす
「今の仕事を続けた方が安全だ」「33歳からインストラクターなんて、若い人たちに敵うわけがない」「もし失敗したら、すべてを失ってしまう」。頭の中で、無数の『できない理由』『行かない理由』が、霧のように湧き上がっては彼女を取り囲んだ。人間は、変化を恐れる生き物だ。現状維持というぬるま湯の中に留まるための言い訳なら、いくらでも作り出すことができる。伊藤もまた、その恐怖の霧の中で、一歩も動けなくなっていた。
だが、その霧を切り裂いたのは、彼女の内に秘められた、本当の意味での「生きたい」という渇望だった。「ここで挑戦しなかったら、私は一生、誰かの期待に応えるだけの人生で終わってしまう。そんなのは、絶対に嫌だ」。
彼女は、頭の中で鳴り響く言い訳の声を、自らの「覚悟の火」で焼き尽くすようにして、応募ボタンをクリックした。「やらずに後悔するより、やって後悔しよう」。それは、引っ込み思案だった少女が、人生で初めて、周囲の誰のためでもなく、自分自身の未来のために、自らの意思で大きな一歩を踏み出した、記念すべき瞬間の情景だった。

4.「陽」に振り切れていた人生と、静寂という名の救い
動きすぎる自分を包み込んだ、ヨガという名のイン(陰)の波長
無事に採用試験を突破し、ヨガインストラクターとしての道を歩み始めた伊藤を迎えたのは、彼女がそれまで所属していた社会とは、全く異なる思想を持つ世界だった。彼女が就職した会社は、単に健康法としてのヨガを教えるだけでなく、「ヨガを通じて、関わる人々の人生そのものを豊かにする」という強い理念を掲げていた。
スタジオの壁に、そして研修の資料に躍る言葉の数々。 「好きを仕事に、人生をワクワク生きよう」
その言葉を目にするたびに、伊藤の魂は深く共鳴した。それまでの彼女の人生は、常に他者のために「動き回り」、自分のエネルギーを外側へと発散し続ける、いわば「陽」のエネルギーに過剰に振り切れた状態だった。頑張ることでしか自分の存在価値を証明できない、止まることが恐怖であるかのような生き方。そんな彼女を、ヨガが持つ「陰」の波長――静けさ、受容、ただそこに存在することの肯定――が、優しく包み込んでいった。動きすぎることを止め、自らの内側にある静寂に身を委ねる。その時間は、彼女にとって何よりの救いだった。
自分自身と、関わるすべての人を幸せにするということ
その会社での日々は、伊藤にとって単なる労働ではなく、人間としての生き方を学び直す「聖域」のような場所だった。会社が何より大切にしていたのは、「感謝の念を持つこと」「常に素直な心で他者と接し、行動すること」、そして「他者の欠点を見るのではなく、長所を見てそれをさらに伸ばしていく(長所進展)」という教えだった。
それらは、かつて「良い子」として他者の顔色を伺い、自分の欠点ばかりに目を向けていた伊藤の心の傷を、根本から癒していく薬となった。「私は、私のままでいい。そして、目の前の人も、その人のままで素晴らしい」。
インストラクターとしてスタジオに立ち、多くの生徒たちの前に出るとき、彼女の心にはかつての恐怖はなかった。そこにあるのは、「自分自身が幸せであり、その幸せの波紋で、目の前にいる生徒たちを幸せにしたい」という、純粋な願いだけだった。この時期に培われた仕事に対する美学と、会社や仲間に対する深い感謝の念は、今もなお伊藤の根底に、枯れることのない清流のように流れ続けている。
感動のバトンを渡し続ける、終わりなきアウトプット
ヨガを通じて自らの人生が救われ、劇的に変わっていくそのプロセスを体験した伊藤は、その「感動」を自分一人のものの中に留めておくことができなくなっていった。自分が体験した素晴らしい気付き、心が軽くなった瞬間のあの感覚を、まだ見ぬ誰か、かつての自分のように暗闇の中で迷っている人に届けたい。その強い想いが、彼女を「発信」という新たな挑戦へと突き動かした。
彼女は、日々の生活の中で得た小さな気付きや、ヨガの哲学を通じて学んだことを、ブログやSNSの言葉に変えて、丁寧に、そして熱を込めて発信し始めた。人前に出ることが苦手だったはずの彼女が、文章というツールを使うことで、自らの内側にある深い想いを、何千人もの人々に届けることができるようになっていったのだ。
受け取った感動のバトンを、自分のところで止めずに、次の誰かへと手渡していく。その終わりなきアウトプットの循環こそが、彼女にとっての新たな生きがいとなり、のちに「夢叶クリエイター」として独立していくための、確かな土台となっていった。

5.ケアンズのコアラが教えてくれた、心の声に従う生き方
お盆のテレビ画面に映った、一匹の傷ついたコアラとある家族
ヨガインストラクターとして充実した日々を送り、周囲からも信頼されるようになっていたある年のお盆休み、伊藤の人生を再び大きく変える、奇妙で、劇的な出来事が起こる。
それは、夏の暑い日の午後、自宅のリビングで冷たいお茶を飲みながら、特に目的もなくテレビをつけていたときのことだった。画面に映し出されたのは、オーストラリアの広大な大自然の中で暮らす、ある家族のドキュメンタリー番組だった。その家族は、野生のコアラを保護する活動を行っていた。交通事故や森林火災で傷ついたコアラたちを自宅に引き取り、家族全員で涙を流しながら治療し、懸命に看病して、やがて回復したコアラたちを、再び元の豊かな森へと返していく。そんな日常が、淡々と、しかし強いメッセージ性を持って描かれていた。
その映像を見た瞬間、伊藤の目から、堰を切ったように涙が溢れ出した。自分でも理由がわからないほどの、激しい号泣だった。画面の中で、傷ついた小さな命に真っ直ぐに向き合い、無償の愛を注いでいる家族のあり方、その温かい空気感が、彼女の心の奥深くにある「生命への慈悲」と「本当の愛の姿」に、強烈に触れたのだ。
「この家族は、なんて素敵なんだろう」。ドキュメンタリーが終わる頃、伊藤の心には、ある一つの、あまりにも突飛な願いが芽生えていた。番組に出ていた、コアラを慈しむ当時10歳の女の子に、どうしても「会いたい」。ただそれだけの衝動が、彼女の胸の中で激しく脈打ち始めた。
確率はゼロパーセント――それでも引き寄せた「リトリート」という奇跡
感動の冷めやらぬまま日常に戻った伊藤は周囲の人々に、狂ったようにその番組の素晴らしさを語り、独自の熱量で「私はこの女の子に会いに行くんだ」と言い続けた。周囲の友人たちは「そんなの簡単じゃん、オーストラリア行きの航空券を買えばいいだけだよ」と笑ったが、英語も話せず、現地のコネクションもない彼女にとって、それはエベレストに登るほどの難題だった。
しかし、言葉の持つエネルギーは、時として現実の壁を軽々と超えていく。言い続けてから約半年の月日が流れた頃、伊藤の熱烈な発信を聞いていた身近な知人から、一本の連絡が入る。「瞳さん、オーストラリアのケアンズで、現地のリトリートを企画している人がいるよ。瞳さんが会いたがっているコアラの家族とも、繋がれるかもしれない」。
その言葉を聞いた瞬間、伊藤の身体に鳥肌が立った。頭で考えたら絶対に不可能だと思われた願いが、ただ「会いたい」という純粋な衝動と、それを言葉にし続けた執念によって、現実のタイムラインへと引き寄せられたのだ。
「セルフ・ラブ」――自分を愛するという、もっとも優しく難しい課題
行く先も、同行するメンバーが誰なのかも、現地で何をするのかも分からない。普通であれば不安で躊躇するような状況の中で、伊藤の口から出たのは「行きます。私、そこへ行きます」という、迷いのない言葉だった。
そうして飛び込んだケアンズのリトリート。その企画者が掲げていたテーマは、伊藤にとって思いもよらない言葉だった。
「セルフ・ラブ(Self-Love)――自分を愛すること」
その言葉を聞いたとき、伊藤の胸に、小さな違和感と戸惑いが広がった。「自分を愛する? それって、どういうことだろう」。それまでの人生、常に誰かのために自分を差し出し、誰かの期待に応えることでしか自分の存在価値を認められなかった伊藤にとって、「まず自分を最優先に愛する」という概念は、あまりにも未知であり、どこか我儘(わがまま)なことのようにすら思えたのだ。
しかし、ケアンズの豊かな大自然に抱かれ、動物たちと触れ合い、五感を解放していく時間の中で、彼女は静かに悟っていった。誰かを本当の意味で幸せにしたいなら、まず自分自身の心のコップを、愛で満たさなければならない。自分が渇いているのに、他者に水を分け与えようとするから、苦しくなるのだ。
あのコアラを救う家族が持っていた圧倒的な愛の源泉は、彼ら自身が自分たちの生き方を愛し、満たされているからこそ溢れ出てくるものだった。「セルフ・ラブ」という、最も優しく、そして当時の伊藤にとって最も難しかった課題。それこそが、彼女が40代を前にして、神様から与えられた、人生の最後のミッシングピースだったのだ。

6.40代の断捨離――やりたくないことを手放した先に見えた光
夢や目標のなかった私が、自分の願いを「叶えてあげる」側に立つまで
ケアンズからの帰国後、伊藤の生き方は完全にシフトしていた。それまで、どこか「与えられた環境の中で精一杯頑張る」というスタンスだった彼女が、「自分の人生のハンドルを、自分で握り、自らの願いを自らの手で叶えていく」という、能動的な生き方へと変貌を遂げたのだ。
かつての彼女には、壮大な夢も、明確な目標もなかった。「ただ漠然と、毎日をやり過ごすように生きていた」。そんな彼女が、ノートを開き、自らの内側から湧き上がる小さな「やりたいこと」「行きたい場所」「食べたいもの」を、ひとつずつ丁寧に書き出すようになった。
そして、その書いた願いを、他人の力に頼るのではなく、自分自身の手で、まるでお姫様をエスコートするようにして叶えてあげる。「ノートに書いたことを、自分で行動して叶えてあげるたびに、自分の中に『私への信頼』が、少しずつ貯金のように貯まっていくんです」。その地道な自己信頼の積み重ねこそが、彼女を「夢叶(ゆめかな)クリエイター」という、新しいステージへと押し上げる原動力となった。
やりたくないことまで背負い込んでいた、40代女性たちの「荷物」
自らの力で人生を切り拓き、40代で独立を果たした伊藤の元には、かつての彼女と同じように、人生の踊り場で迷い、苦しんでいる多くの同世代の女性たちが集まるようになった。
彼女たちの話をじっくりと聞く中で、伊藤がある共通の「心の病」に気づく。真面目で、優しく、責任感が強い40代の女性たち。彼女たちは、自らの「やりたいこと」を追求するために行動しているつもりでありながら、実は、その何倍もの「やりたくないこと」「やらなくてもいいこと」を、両手いっぱいに背負い込んで苦しんでいたのだ。
家事を完璧にこなさなければならない、職場で良い先輩でいなければならない、親の期待に応えなければならない、世間の常識から外れてはならない。「彼女たちは、自分の本当の願いを叶えるための行動の裏側で、他者から押し付けられた不要な荷物まで、すべてを自分のリュックに詰め込んで山を登ろうとしている。だから、途中で息が切れて、動けなくなってしまうんです」。
その姿は、かつて「良い姉」として、また「期待に応える社員」として、自らの首を絞めていた過去の伊藤瞳、そのものだった。
「本当にそれ、必要?」問いかけから始まる、未来への身軽な一歩
苦しむ彼女たちに向けて、伊藤がセッションの中で何度も、そして優しく投げかける言葉がある。
「本当にそれ、今のあなたに必要ですか?」
その問いかけは、女性たちが無意識に縛られている常識の鎖を、心地よく断ち切っていく。他人の目を気にしてやっていること、義務感だけで続けていること、過去の惰性で手放せないこと。それらを一度、すべて机の上に並べさせ、徹底的に「断捨離(引き算)」をさせていく。
「40代からの人生は、足し算ではなく、引き算です。不要なものを削ぎ落として、リュックを軽くしなければ、本当に自分が進みたい未来への一歩を踏み出すことはできません」。
伊藤のナビゲートによって、不要な荷物を手放した女性たちは、一様に、まるで憑き物が落ちたかのような軽やかな表情を取り戻していく。自分の人生を、自分のために生きる。そのための身軽な一歩をプロデュースすることこそが、現在の伊藤の、最もコアな社会的使命となっている。

7.見えない「気の流れ」を味方につけ、大自然の法則とともに生きる
新月と満月のリズム、そして神社参拝がもたらした心の調律
伊藤が日々のセッションや自らの生活の中で、何より大切にしているもう一つの柱がある。それは、目に見える現実的な行動だけでなく、目に見えない「世界のバイオリズム」や「気の流れ」と調和して生きることだ。
その探求の始まりは、ヨガインストラクター時代にまで遡る。ヨガの哲学において、自然界のリズムと同調することは、心身の健康を保つための基本である。伊藤は、月の満ち欠け――新月と満月――が持つ、人間のバイオリズムへの影響に深く着目した。新月の日に願いを立て、満月の日に収穫と感謝を捧げる。その自然のサイクルを、彼女は長年、自らの身体を使って実験し続けてきた。
さらに彼女は、その月のリズムに合わせて、定期的に「神社参拝」を行うことを自らの習慣とした。特に新月の日には、地元の氏神様や、自らが引き寄せられる神社へと足を運び、静かに手を合わせる。「神社に行くことは、神様に何かをお願いするためではなく、日常の雑音で乱れてしまった自分の『気』をリセットし、本来のクリアな自分へと調律するための時間なんです」。その毎月の静かなルーティンが、彼女の直感を研ぎ澄まし、幸運を引き寄せる強固な磁場を作っていった。
「方角」が変えた運命と、行動した者だけが受け取る統計学の答え
神社参拝や月のリズムを大切にする中で、伊藤の元へ、さらなる「目に見えない法則」との出会いがもたらされる。それが、九星気学をはじめとする「方角(吉方位)」の概念だった。
「この日に、この方角へ移動してエネルギーをチャージすると、人生の流れが劇的に変わる」。最初にその話を聞いたとき、伊藤の頭の中には、かつての引っ込み思案な現実主義者の自分が顔を出し、「そんなの、本当に効果があるのだろうか」と、疑いの目を向けた。
しかし、「結果が出ている統計学なら、まず自分でやってみて、人体実験してみよう」という、ケアンズ以降に培われた軽やかな行動力が、彼女の背中を押した。彼女は、指定された吉方位へと、スケジュールを合わせて旅を試みた。
すると、その吉方位への移動を始めてから、およそ4ヶ月が経った頃、彼女の周囲の現実が、まるで堰を切ったように激しく動き始めた。思いもよらない魅力的なビジネスのオファー、素晴らしい仲間との出会い、そして自らのセッションの予約が次々と埋まっていくという、目に見える変化が起こったのだ。「よく理由は分からないけれど、大自然の法則に逆らわずに動くと、世界が味方をしてくれる」。それは、行動した者だけが受け取ることができる、統計学という名の大自然からの答えだった。
自らの「気」を動かし、運までをも味方にする「人体実験」の旅
「運」という漢字は、「運ぶ(はこぶ)」と書く。また、「運動」の「運」でもある。伊藤は、その文字の通り、運気とはじっと座って待っているものではなく、自らの身体を「動かす」ことによって、初めて掴み取ることができるものだと確信している。
「どれだけ素晴らしい才能を持っていても、毎日、自宅と職場の往復という同じ狭い空間だけに留まっていたら、そこに流れる『気』は徐々に淀み、低下していってしまいます。だからこそ、意図的に、良い気が流れている場所へと自らの身体を運び、その場所のエネルギーを吸収して、自分の中の気をチェンジして帰ってくる必要があるんです」。
伊藤にとって、旅をすることや、吉方位へ向かうことは、単なる観光や娯楽ではない。それは、自らの「気」を常に最高にクリアな状態に保ち、自分の人生を、運までをも味方につけて進めていくための、極めて実戦的な「人体実験」の旅なのだ。彼女のその軽やかな移動の軌跡そのものが、彼女の放つ言葉に、枯れることのない瑞々しい生命力を与え続けている。
8.編集後記:未来への種蒔き
インタビュアー立石麻由子が見た、伊藤瞳という「還る場所」
インタビューの全編を通じて、筆者(編集部)が何より強く感じたのは、伊藤瞳という女性が放つ、圧倒的な「安心感」と、すべてを包み込むような深い包容力だった。
彼女は、自らの過去の不器用さや、他者の顔色を伺って苦しんでいた時期の弱さを、何一つ隠すことなく、微笑みながら語る。その飾らない素顔と、傷を通過してきた者だけが持つ特有の優しい眼差しが、話を聞く側の心を、まるでお風呂に浸かっているかのようにじんわりと解きほぐしていくのだ。
彼女が「夢叶クリエイター」として、なぜこれほどまでに多くの40代の女性たちを惹きつけ、彼女たちの人生を変えることができるのか。その理由は、彼女のセッションの技術が優れているからという以上に、伊藤瞳という存在そのものが、傷つき、疲弊した女性たちにとっての「ただいま」と言って還ることができる、安全な港(環境)そのものになっているからに他ならない。
編集部としての総評
40代。それは女性にとって、身体の変化、家族との関係、キャリアの行き詰まりなど、人生のあらゆる「歪み」が一気に表面化する、最も揺らぎやすい年代である。頑張ることで乗り切ろうとした20代や30代のやり方が、もう通用しなくなる、いわば人生のシステムエラーが起こる時期なのだ。
その踊り場に立つ私たちに向けて、伊藤瞳の生き様は、極めてシンプルで、力強いメッセージを提示している。 「もう、他人のための荷物は、その場に降ろしなさい。そして、自分を一番に愛しなさい。あなたの中に湧き上がった願いは、あなたがあなたを信じて行動すれば、絶対に叶えることができるから」
彼女が自らの人生を通じて蒔き続けているその「自己信頼」という名の種は、これから彼女と出会う無数の女性たちの心の中で、やがて、見たこともない大輪の、自分らしい花を咲かせるに違いない。彼女の「人体実験」という名の美しい旅は、これからも、多くの女性たちの夜道を照らす、優しい灯火として続いていく。
(文:Dialogue Archives 編集部)

Profile
伊藤 瞳(Hitomi Ito) 夢叶(ゆめかな)クリエイター / ヨガインストラクター
北海道札幌市在住。幼少期の引っ込み思案な性格や、家庭環境における「良い子」としての呪縛を経験しながら、アパレル業界を経て33歳で未経験からヨガインストラクターの世界へ転身。ヨガを通じて半年で10キロの減量とともに、内面の劇的な変化と癒やしを体験する。その後、オーストラリア・ケアンズでのリトリートを機に「セルフ・ラブ」の重要性に目覚め、40代で独立。現在は九星気学や月の満ち欠け、神社参拝といった大自然のバイオリズムを取り入れた独自のセッションを提供。頑張りすぎて不要な荷物を背負い込んだ同世代の女性たちが、「やりたくないこと」を手放し、自らの可能性を信じて身軽に、自分の人生の主役として生きるための環境づくりとサポートを精力的に行っている。
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